再開発コーディネーター協会のあゆみ

都市再開発法施行前
 終戦後、戦災復興の都市計画は、区画整理事業を主体として行ってきたが、事業の企画・設計は官庁技術者の直轄で行われてきた。昭和27年の耐火建築促進法以降、複数の権利者の共同事業として再開発が行われることになるが、もちろんこの時代には再開発専門の技術者がいたわけではない。建築物の整備を主体とした事業であるため、建築設計者が行政担当者に協力する形で計画作業が進められた。

 その後、昭和37年に施行された「防災建築街区造成法」、「市街地改造法」時代にいたるまで、その状況は変わらず、行政担当者が権利調整等のコンサルテーションを行い、建築家や建築設計者が、事業の企画段階から参画し、複数の地権者の意向を受けながら計画を進めてきた。この経験から再開発コンサルタントの役割の認識が生まれてきたといえる。

 また、昭和30年に日本住宅公団の一般市街地住宅制度が発足し、地権者と住宅公団の共同事業で立体的な権利変換の考え方が生まれ、公団の担当職員及び協力する設計事務所に再開発コンサルタントとしてのノウハウが蓄積され始める。また、昭和40年代前半より、中小企業振興事業団の高度化資金貸付事業制度により、商店街の共同化や近代化事業が進められ、これらに建築家とともに商業コンサルタントが参画するようになり、その後の商業再開発における商業コンサルタントの役割が育ってくるのである。昭和43年8月には、全国防災建築街区造成組合連合会(全国市街地再開発協会の前身)が結成された。
昭和40年代後半〜50年代前半
 「都市再開発法」による市街地再開発事業では、基本計画の段階から設計事務所が積極的に参画することとなり、それまでの経験を生かす形で設計事務所に再開発部門が設置され、計画やコンサルティングに携わることになる。また、東京の江東防災拠点再開発や大阪の阿倍野地区再開発、住宅公団の大規模再開発等には、計画の企画段階から多数の設計事務所が関わり、大規模再開発の複雑なノウハウを蓄積吸収することとなる。このように都市再開発法の初期段階では、設計事務所を中心とした再開発コンサルティングが行われてきた。

 昭和40年代後半になると、それまで設計事務所や住宅公団で再開発に携わってきた技術者たちが、独立して再開発コンサルタント事務所を設立する動きが活発になる。

 都市再開発法の施行とほぼ同時に「(社)全国市街地再開発協会」が設立(認可昭和44年11月)され、再開発コンサルタントの育成、技術向上のための事業を展開するが、再開発コンサルタントは、(社)都市計画コンサルタント協会に「都市再開発部会」を設け、再開発についての活動を展開した。

 昭和50年代になると、再開発は多様化の道を進み、事業はますます複雑になってくる。そのためいろいろな役割の専門家の起用が必要となり、彼らを統括して事業を推進するための「再開発コーディネーター」の職域の必要性が高まってきた。
再開発コーディネーター協議会時代
 昭和52年に都市計画コンサルタント協会の都市再開発部会のメンバーを中心とした約20人のコンサルタントにより「再開発を考える会」が発足、更に昭和54年に「再開発コーディネーター協議会」が設立され、再開発コーディネーターとして初めての組織が誕生した。まだ再開発コーディネーターの職域が確立されたわけではなく、コーディネーター技術の向上と、組織基盤の確立のための模索の時期といえる。

 オイルショック後の不況の脱する時期は、ゼネコンやデベロッパー企業に再開発への期待が高まり、各企業に再開発担当部署ができた時期であり、再開発に関わる他業種との交流を深めて組織拡大を図ってきた。
再開発コーディネーター協会設立後
 
 昭和60年にコンサルタント、建設業、不動産業、信託銀行の4分野をまとめ「(社)再開発コーディネーター協会」が設立された。再開発の多様化とともに、再開発コーディネーター協会も多様化することになり、コンサルタントだけでなく他の関連業界との結束により、基盤の確立が図られることとなった。再開発コーディネーター業務の確立、人材の育成を図る中、平成4年に「再開発プランナー資格認定制度」が発足し、倫理の向上と底辺の拡大を図り、都市再開発の推進の原動力として大きな期待がもたれている。

 バブル経済の崩壊により、再開発も転換期を迎えており、再開発コーディネーターも事業推進の方策などについて模索している時期といえる。
 
■再開発の流れと再開発コーディネーターの歩み
年 代 日本の再開発のながれ 再開発コーディネーターの
あゆみ
昭和20年代
  1945〜1954
戦災復興の時代
「耐火建築促進法」
行政主導の都市づくり
昭和30年代
  1955〜1964
共同化事業のはしり
「公団市街地住宅」「防災街区/市街地改造」
設計事務所による再開発対応
昭和40年代
  1965〜1974
高度成長 商店街共同化と再開発事業
「都市再開発法」
商業コンサルタントの参画
独立系再開発コンサルタントの登場
昭和50年代
  1975〜1984
価値観の多様化の時代 再開発の多様化 再開発コーディネーターの登場
再開発コーディネーターの組織化
昭和60年代(平成)
  1985〜1994
再開発転換期
バブル景気とバブル崩壊
再開発コーディネーターの多様化
再開発プランナー資格制度
 ※「再開発コーディネーターの系譜 (鎌田 啓志)」再開発コーディネーター協会10年のあゆみより抜粋